愛に飢えてたら愛すればいいさ — そして飛鳥の奈々未愛はつのる
さて、『乃木坂って、どこ?』第173回の
ななみん(橋本奈々未)の大荷物は結局まいまい(深川麻衣)への去年の罪滅ぼし的お返しで
あしゅ(齋藤飛鳥)へのものではなかったわけでボクの予想は無残に外れましたが(笑)、
そんなことは措いといて。
前回長々と引用した14/10/30発売の『月刊エンタメ』12月号の
「齋藤飛鳥が橋本奈々未に聞きたい100のコト(のうち39)」ですが、
シャレ成分多めのジャブ程度のジェラシーお戯れ攻撃の、その先にこそディープなミソがあって
そこにこそ エントリ90 で採りあげた鳳雛から鳳凰への飛鳥の羽ばたきの源がある、
とボクはにらんでいます。
'14年6月の『16人のプリンシパル trois』千秋楽の昼講演の後、
ななみんと「人生の話」「深い話」をしたというあしゅ。
「100のコト(のうち39)」にもそれを連想させるディープな会話が見られます —
㉒ライブ中の私、どうですか?
橋本)"飛鳥" って感じがする。性格的にもそうなんだけど、自分がフィーチャーされる時ほど守りに入るというか。それもいいけど、攻める飛鳥も見てみたいなって思う。
(後略)
㉓私、どうしたら人気が出ますか?
橋本)私も知りたいよ(笑)。飛鳥は内弁慶もいいんだけど、外でもっと内輪で見せるキャラを出せれば、それでいい気がする。わかりやすい要素があったほうがいいのかなって。そして、飛鳥はそれが許されるキャラだと思うよ。
飛鳥)え、そうかな。
橋本)「わざとやってます」感が面白くなるのは飛鳥の良さだと思う。(後略)
㊴友達ができないのですが、どうすればいい?
橋本)できてないと思ってても、意外といるんじゃないかな。私も最近気づいた。「友達いないな」と思ってたけど、体を悪くしたら、高校時代の友達が朝来てご飯を作ってくれたり、外出するのが怖かった時についてきてくれたりして、「意外といたんだ」って。
飛鳥)じゃあ、体を壊せばいい?
橋本)うーん、まずは学校で友達を作ったほうがいいかな(笑)。
あしゅがななみんの知力・見識・社会意識に対して全幅の信頼とリスペクトを寄せ
それゆえもっとも頼りになる客観的で包括的で、しかも通り一遍でないアドヴァイスを求め、
ななみんのほうでもしっかりきっちり真摯に応えているのが如実に伝わる好Q&Aです。
自分がフィーチャーされる時ほど守りに入る
内弁慶もいいんだけど、外でもっと内輪で見せるキャラを出せれば、それでいい
飛鳥はそれが許されるキャラだと思う
「わざとやってます」感が面白くなるのは飛鳥の良さだと思う
それはまさに齋藤飛鳥のファンが早くから見出してきた彼女の魅力の詳解であり、
それが天下の人々に知れ渡っていかないのを歯痒く思いつつ見守って来た待望をかける部分のコア。
「何か足りないんじゃないかな?」「他の子にあって私にないものって何?」と
ともすれば致命的な底なし沼の不安に捕らわれてしまいかねない年少の思春期メンバーに
「あなたはあなたのままでいい、それが充分出せさえすれば」と
当り前にして見失われがちな真実を、さらりと、かつ理解と深慮をこめて告げる声。
雑誌の単なるいち企画では済まされ得ない深く美しい友愛と敬慕の形でしょう。
エントリ90:愛を乞う人から振りまく人へ — 鳳雛から鳳凰へ、静かに大きく羽ばたく飛鳥
でも述べましたが、
ボクは『乃木坂46の「の」』における2014年末クールの7代めMCとしてのあしゅの活躍こそ
現在のあしゅの1ブレイク・スルー —
11th選抜入りと『CUTiE』初代専属モデル決定 — を
地味に間接的にながらも招き寄せたキラー・プロダクト/パフォーマンスと思っています。
そして『の「の」』であれほどまでの楽しさをマジカルに捻り出したあしゅの心機には
上掲のななみんのドンピシャのアドヴァイスの力が大きく働いていたと踏んでいます。
そして「友達」といえば
あしゅはここ半年かそれ以上、乃木坂の選抜とセカンド・ラインの間を縦横に軽やかに飛翔する
フラタニティ・センターともいうべき重要な位置をふんわりキャッキャと占めています。
敬愛する人としてのお手本お姉さんメンバーをも今や静かに遠慮と心配をもって見つめつつ
憧れから対等の関係に立ち得る「別個の自律した人間」として改めて友達としての手を伸ばす。
「運営」のほくそ笑む釈迦の掌上に収まり得ない大徳の器をいよいよ発動させたあしゅ。
それがボクのひいきの引き倒しでないことはじきに時間が証明してくれるでしょう。
乃木坂の美しさは命の美しさ。
乃木坂46の、まだまだ広漠たる「世間一般」に伝わっているとは言い難い魅力は、
芸能人として成長していく、芸能人として成功の階段を上っていく、なんてこととは関係なしに
人間としての成長、けっして簡単なものではなく基準も見え難い、人間としての向上への途上の姿が
それ自体美しく健気で愛おしい、そういう美と善と真を見せてくれるところにあるのです。
— 乃木坂の戦いは心の戦い —
奈々未先生による桑田真澄氏の言を引いてボクは折りにふれシャレめかして言ってますが
ボクにとって乃木坂46というグループが特別中の特別であるのはその部分なしではあり得ません。
天下の器、天下の大徳を以てこの世界を実際に浸食し変えていく聖なる侵入としての乃木坂46。
その戦いは常に、メディア上、表舞台、お仕事でと同時に、彼女たちの内で、心中で為されており、
日々変化し進化し深化していくその関係性や友愛の形もまた
乃木坂46の提示するひとつの「アート」の形なのです。
プライバシー ポリシー
ななみん(橋本奈々未)の大荷物は結局まいまい(深川麻衣)への去年の罪滅ぼし的お返しで
あしゅ(齋藤飛鳥)へのものではなかったわけでボクの予想は無残に外れましたが(笑)、
そんなことは措いといて。
前回長々と引用した14/10/30発売の『月刊エンタメ』12月号の
「齋藤飛鳥が橋本奈々未に聞きたい100のコト(のうち39)」ですが、
シャレ成分多めのジャブ程度のジェラシーお戯れ攻撃の、その先にこそディープなミソがあって
そこにこそ エントリ90 で採りあげた鳳雛から鳳凰への飛鳥の羽ばたきの源がある、
とボクはにらんでいます。
'14年6月の『16人のプリンシパル trois』千秋楽の昼講演の後、
ななみんと「人生の話」「深い話」をしたというあしゅ。
「100のコト(のうち39)」にもそれを連想させるディープな会話が見られます —
㉒ライブ中の私、どうですか?
橋本)"飛鳥" って感じがする。性格的にもそうなんだけど、自分がフィーチャーされる時ほど守りに入るというか。それもいいけど、攻める飛鳥も見てみたいなって思う。
(後略)
㉓私、どうしたら人気が出ますか?
橋本)私も知りたいよ(笑)。飛鳥は内弁慶もいいんだけど、外でもっと内輪で見せるキャラを出せれば、それでいい気がする。わかりやすい要素があったほうがいいのかなって。そして、飛鳥はそれが許されるキャラだと思うよ。
飛鳥)え、そうかな。
橋本)「わざとやってます」感が面白くなるのは飛鳥の良さだと思う。(後略)
㊴友達ができないのですが、どうすればいい?
橋本)できてないと思ってても、意外といるんじゃないかな。私も最近気づいた。「友達いないな」と思ってたけど、体を悪くしたら、高校時代の友達が朝来てご飯を作ってくれたり、外出するのが怖かった時についてきてくれたりして、「意外といたんだ」って。
飛鳥)じゃあ、体を壊せばいい?
橋本)うーん、まずは学校で友達を作ったほうがいいかな(笑)。
あしゅがななみんの知力・見識・社会意識に対して全幅の信頼とリスペクトを寄せ
それゆえもっとも頼りになる客観的で包括的で、しかも通り一遍でないアドヴァイスを求め、
ななみんのほうでもしっかりきっちり真摯に応えているのが如実に伝わる好Q&Aです。
自分がフィーチャーされる時ほど守りに入る
内弁慶もいいんだけど、外でもっと内輪で見せるキャラを出せれば、それでいい
飛鳥はそれが許されるキャラだと思う
「わざとやってます」感が面白くなるのは飛鳥の良さだと思う
それはまさに齋藤飛鳥のファンが早くから見出してきた彼女の魅力の詳解であり、
それが天下の人々に知れ渡っていかないのを歯痒く思いつつ見守って来た待望をかける部分のコア。
「何か足りないんじゃないかな?」「他の子にあって私にないものって何?」と
ともすれば致命的な底なし沼の不安に捕らわれてしまいかねない年少の思春期メンバーに
「あなたはあなたのままでいい、それが充分出せさえすれば」と
当り前にして見失われがちな真実を、さらりと、かつ理解と深慮をこめて告げる声。
雑誌の単なるいち企画では済まされ得ない深く美しい友愛と敬慕の形でしょう。
エントリ90:愛を乞う人から振りまく人へ — 鳳雛から鳳凰へ、静かに大きく羽ばたく飛鳥
でも述べましたが、
ボクは『乃木坂46の「の」』における2014年末クールの7代めMCとしてのあしゅの活躍こそ
現在のあしゅの1ブレイク・スルー —
11th選抜入りと『CUTiE』初代専属モデル決定 — を
地味に間接的にながらも招き寄せたキラー・プロダクト/パフォーマンスと思っています。
そして『の「の」』であれほどまでの楽しさをマジカルに捻り出したあしゅの心機には
上掲のななみんのドンピシャのアドヴァイスの力が大きく働いていたと踏んでいます。
そして「友達」といえば
あしゅはここ半年かそれ以上、乃木坂の選抜とセカンド・ラインの間を縦横に軽やかに飛翔する
フラタニティ・センターともいうべき重要な位置をふんわりキャッキャと占めています。
敬愛する人としてのお手本お姉さんメンバーをも今や静かに遠慮と心配をもって見つめつつ
憧れから対等の関係に立ち得る「別個の自律した人間」として改めて友達としての手を伸ばす。
「運営」のほくそ笑む釈迦の掌上に収まり得ない大徳の器をいよいよ発動させたあしゅ。
それがボクのひいきの引き倒しでないことはじきに時間が証明してくれるでしょう。
乃木坂の美しさは命の美しさ。
乃木坂46の、まだまだ広漠たる「世間一般」に伝わっているとは言い難い魅力は、
芸能人として成長していく、芸能人として成功の階段を上っていく、なんてこととは関係なしに
人間としての成長、けっして簡単なものではなく基準も見え難い、人間としての向上への途上の姿が
それ自体美しく健気で愛おしい、そういう美と善と真を見せてくれるところにあるのです。
— 乃木坂の戦いは心の戦い —
奈々未先生による桑田真澄氏の言を引いてボクは折りにふれシャレめかして言ってますが
ボクにとって乃木坂46というグループが特別中の特別であるのはその部分なしではあり得ません。
天下の器、天下の大徳を以てこの世界を実際に浸食し変えていく聖なる侵入としての乃木坂46。
その戦いは常に、メディア上、表舞台、お仕事でと同時に、彼女たちの内で、心中で為されており、
日々変化し進化し深化していくその関係性や友愛の形もまた
乃木坂46の提示するひとつの「アート」の形なのです。
